小林玲子さんの「涅槃図」の絵解き・7

ネコだって描いてほしいモン


こうして生きものたちは、一説には52類やって来たといわれているそうですが、
おそらくはもっと、何百、何千とやって来ていたのではないでしょうか。

ところが、わたしたちに身近な動物、ネコだけは、この場に描かれませんでした。
いえ、動物がいっぱいすぎて、絵に描ききれなかったというわけではありません。

どうしてネコが描かれなかったのか。
というのも、こんなお話があるそうです……。

と、「絵解き」では、十二支の話が語られます。

確かに「涅槃図」の絵には、十二支の動物たちがそろっています。

子。ネズミ。
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丑。ウシ。
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寅。トラ。
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卯。ウサギ。
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辰。たつ。りゅう。
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巳。ヘビ。
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午。ウマ。
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未。ヒツジ。
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申。サル。
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酉。ニワトリ。
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戌。イヌ。
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亥。イノシシ。
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けれどネコは、ネズミに意地悪をされたために、ブッダの最期に間に合わなかった。
駆けつけた順番で十二支が決まったので、その十二支にも入れなかったという話です。

以来、ネコはネズミを恨んで、姿を見かけるたびに
追いかけ回すようになったとうことです。

この話は、日本に伝えられている昔話にもなっています。
(関敬吾の分類によると「十二支由来」の動物昔話に含まれます。(1)

絵解きの語りは、仏教の経典がもとになっていますが、
そこから派生したインドや中国の仏教説話、
さらに日本の民間伝承や昔話なども取り込まれているようです。

難しい話ばかりでなく、
お寺にあまり馴染みのない筆者のような素人にも
わかりやすく、おもしろく語ってくれるんですね。

小林玲子さんが語り出すと、絵の中の人物や動物たちが
いきいきとした表情を持っているように見えるのが不思議です。

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また一説には、こんな話もあるようです。

後述しますが、このとき、ブッダの生母である摩耶夫人が、天上から降りて来ます。
そして、ブッダを救うための霊薬の入った袋包みを投げ下ろす。
ところが、途中、沙羅双樹の樹の枝に引っかかってしまいます。

そこで、ネズミがスルスルと樹を登って取りにいこうとしたところ、
日頃のクセでしょうか、ネコが追いかけてじゃまをしてしまう。
そのために薬は間に合わず、ブッダが入滅を余儀なくされることとなり、
ネコは「涅槃図」に描いてもらえなくなったというのです。

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さて、ところが、全国にある「涅槃図」の中には、
ネコが描かれているものもあります。
小林玲子さんがよく「絵解き」をされる長野・善光寺世尊院釈迦堂所蔵の「釈迦涅槃図」でも、
ネコが絵に登場しているそうです。

なぜネコが描かれている絵があるのか?
それには、こんなお話があるのだとか。

京都・東福寺には、15m×7.3mという巨大な「涅槃図」があります。
それを描いたのが、吉山明兆(きつさん・みんちょう)というお坊さんの画家です。

彼が、その「涅槃図」の制作中、赤い絵具が足りなくなって困っていたとき、
一匹のネコが、袖を引っぱって裏山の谷へ連れて行く。
そこには絵具の材料となる赤い土があり、感激した明兆が、
ネコの姿を「涅槃図」の中に描き添えてやったというのです。

一説には、裏山の谷からいろいろな染料をくわえてきて手伝った、
お釈迦さまの口紅の色に悩んでいると、ぴったりな色を探して来てくれた
などとも言われているようです。

いずれにしろ、今でも東福寺「涅槃図」の中には、
描いてもらって、ちょっぴりうれしそうなネコが、しっかりチョコンと座っています。

▼京都・東福寺「涅槃図」(明兆作)部分
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こちら、常保寺の「大涅槃図」にも、
実は、ネコらしき動物が描かれています。
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小林玲子さんは、これはネコではないのではないかしらと
おっしゃっていたのですが、
筆者には、どうもネコのように見える気がしないでもありません。
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こちらの正面を見て口を少し開いている謎の生物は、
はたしてニャアと鳴いているのか、それとも……?

──まあ、ネコであれ、ネコではない動物であれ、
たとえ死に際に駆けつけなかったからといって、
あるいは、薬を飲むのをじゃましたからといって、
お釈迦さまは、生きとし生けるものすべてを
けっして見捨てたりはしないということには変わりがないのでしょう。



【追記】
上記の“謎の生物”について、当の常保寺・小澤ご住職よりコメントをいただきました。
ご紹介下さった「知っておきたい絵解きガイド」(2)の著者・竹林史博氏によりますと、
「猫のいる三角形の法則」というのがあるのだそうです。
いわく、涅槃図の中で、画面に向かって左にゾウ、右にウシ、その中央上にライオンが描かれていれば、
その涅槃図にはほぼネコがいるというのです。
全国各地に伝わる涅槃図を渉猟して知悉している氏によれば、その確率は約9割なのだとか。

というのも、ゾウ、ウシ、ライオンの三角形の構図は、
この稿でも触れました有名な吉山明兆作による東福寺の涅槃図に描かれているもの。
その東福寺本をお手本とした作品であれば、三角形の構図が踏襲され、
すると逸話でも有名なネコが描かれておわします確率が高いというわけです。
そこで、改めてこちらの常保寺本を見てみれば、なるほど画面の右下あたりに三角形。
かくてご住職も、この生物はきっとネコに違いないと確信されたのだそうです。

尻尾もフサフサで、おおよそ日本のネコらしくない風貌が
“謎の生物”疑惑を招くように思うのですが、
ネコだとすると、これはヒマラヤンかサイベリアンあたりの洋猫かもしれませんね。
そうやって改めてながめてみると、確かに品良くニャアとお鳴きあそばしているような気がしないでもありません。
《引用・参考文献》
(1)関敬吾「日本昔話集成 〜第一部・動物昔話〜」角川書店
(2)竹林史博「知っておきたい涅槃図絵解きガイド」青山社














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by kamishibaiya | 2012-02-07 00:00 | 絵を見せて語るメディア | Comments(0)

「ポレポレ」は、スワヒリ語で「のんびり、ゆっくり」という意味です。紙芝居屋のそんな日々。


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