<   2011年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧

サクラの季節とともに紙芝居の仲間たちがやってきます。
このイベントは、今年で第5回を迎えるそうです。

茨城県在住の荒木文子さんは、内陸の方なので、震災の影響はそれほどなかったそうです。
宮城県仙台市在住のときわひろみさんは、ご自身はお元気だそうです。

元気な紙芝居を観ることで、元気をもらえればと思います。
子どもたちも、ぜひ!

f0223055_1049758.gif



第5回「紙芝居とゆかいな仲間たち」

2011年04月16日(Sat)
 PM02:00〜《→幼児からおとなまで向き》
 PM06:00〜《→小学5年生以上。ちょっぴり、おとな向き》

【会場】プーク人形劇場[渋谷区代々木2-12-3・☎03-3379-0234]
http://www.puk.jp/theatre/theater.html

【アクセス】
JR新宿駅南口より徒歩7分
都営新宿線新宿駅6番出口より徒歩1分
大江戸線新宿駅A-1出口より徒歩1分
 →地図のページへ。

【出演者】
★右手和子★佐藤まもる★千葉晶★ときわひろみ★とど鈴木★中平順子
★野間成之★ひがき順子★ピーマンみもと★水谷章三★八尾雅之★荒木文子

【料金】前売券・1000円/当日券・1200円/子ども(3歳〜小学6年生)半額

【申し込み・問い合わせ】
★荒木文子《☎&Fax:0280-31-0185》
★中村ルミ子《☎&Fax:0429-53-3082》
[PR]
第二次大戦の頃、ナチス・ドイツはユダヤ人を強制的に狭い地域へ追いやり、住まわせ、
その居住区は「ゲットー」と呼ばれました。

ゲットーでは、食糧は極度に制限され、人口があまりに過密なために衛生状態が悪化。
住民は数年後には収容所へ送られ、大量虐殺にもつながるわけですが、
それ以前にゲットーでの生活の中、飢餓と伝染病によって多くの命が奪われました。

そんな中、おとなたちは子どものためにどうしたか。
出来得る限りに食料をかき集め子どもたちの給食所に送った。
その他、いかに最低限の生活を確保するか、いかに生き残るかの戦いに迫られました。

が、一方で、子どもたちを遊ばせるための努力を惜しまなかったといいます。

明日食べるパンさえままならぬ生きるか死ぬかの過酷な時代に、遊ばせる余裕など……、
と思ってしまいます。
が、危険にさらされたそんな時代だからこそ、おとなたちは子どもがいきいきと遊ぶことを願った。

ポーランド・ワルシャワのゲットーの住民たちの自助組織「子どもと孤児救援センター(CENTOS)」は
教育プログラムを掲げる際、

「あらゆる種類のゲームを子どもたちに教えてやらねばならない。」
「あらゆる機会をとらえ、エンタテイメントや子どもの祭典を計画すること。」


といった項目を記しています(1)

そうして、遊び場の失われた瓦礫の山の中、
ほこりだらけの中庭の小さなスペースにわずかな草花を植えて「子どもコーナー」を作る。
いろいろな施設で、遊びとして、芸術や音楽、ダンスを教える。
子どもたちに楽しんでもらうために、マリオネットの常設劇場まで作る。

また、ゲットー内のユダヤ共同体の指導者たちは、苦労の末に、
子どもたちを遊ばせるための運動場(公園)を開設します。
ワルシャワ・ゲットーでは、1942年に開設。

当時ゲットーで、孤児院のために奮闘していたヤヌシュ・コルチャックとその子どもたちも、
たびたび訪れたそうです。
その数ヶ月後、同年の8月、コルチャックと子どもたち200人は強制収容所に移送され、
虐殺されることになるのですが、
それまでのわずかなあいだ、一時(いっとき)でも夢中で遊べる場があったことは、
大きな救いだったと思います。

子どもたちを迎え入れるとき、運動場のある女性スタッフは、助手にこう言ったそうです。

「さあ、笑いなさい! 笑いなさい!
子どもたちを大笑いのお風呂に入れてやらなくちゃ。」
(1)

スタッフたちは、目一杯な満面の笑顔だったのでしょう。
笑顔を忘れてしまいそうな現実の中で、おとなたちの笑顔に見守られながら、
子どもたちは「大笑いのお風呂」に浸って遊んだのでしょう。


当時16歳だったマリー・ベルクという少女は、日記にこう記しています。

「ゲットーの小さな囚人たちのために、この小さな避難所(運動場)を作った人たちにとって、
笑う子どものバラ色の頬は、多分何よりの報酬だったに違いありません。」
(1)

不安を忘れて心から遊ぶことの出来るその場所は、確かに過酷な現実からの「避難所」だった。
そして子どもたちの笑顔は、周りのおとなにとっての「報酬」であるとともに、
救いであり、希望でもあったのではないでしょうか。

上のエピソードをはじめ、収容所や隠れ家で遊んだ子どもたちの姿を追った
「ホロコーストの子どもたち」(1)の著者ジョージ・アイゼンは、
子どもたちの遊びは、生き残りのための戦いでもあったと述べています。


日本ユニセフ協会が、遊具や知育玩具やスポーツ用品なんかが詰まった
「箱の中の幼稚園(幼児向け)」や「レクリエーションキット(児童向け)」を
被災地に届けているそうですね(→記事)。

また、医療NGO「AMDA(アムダ)」の方の発案で、
避難所の脇に「プレイルーム」が設けられたり(岩手県大槌町・県立大槌高校)、
NGOの方が避難所にやはり「プレイルーム」を開設したり(宮城県石巻市・渡波小学校)(→記事
というようなニュースが伝わってきています。
プレイルームでは、高校生や中学生も集まって来て、
年少の子どもたちの遊び相手になってあげていたりするのだとか。

ほんと、心強いです。





《引用・参考文献》
(1)ジョージ・アイゼン、下野博訳「ホロコーストの子どもたち」立風書房
[PR]
3.11。
ほんとうに大変なことでした。
何というか、言葉がなかなか見つかりません。
被災された方々にとって、「大変」は今も進行形のかたちで続いています。

f0223055_9325265.gif


今、被災した子どもたちに児童書や紙芝居を届けようと、日本ユニセフ協会が募っているそうです。
(絵本は、いったん停止だそうです。)

締め切りは4月5日(火)。

http://www.unicef.or.jp/kinkyu/japan/2011_0401.htm
http://resemom.jp/article/2011/03/28/1738.html
[PR]