梅の里紀行


今回、大磯、それから小田原の曽我を廻ったのですが、
その曽我を訪ねたときの写真をちらほらと載せてみます。

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小田原市曽我谷津の「宗我神社」。
作家の尾崎一雄は、ここの神主さんの家に生まれたそうです。
曽我の里は、おだやかそうな自然に恵まれたところで、
尾崎一雄はいい環境で育ったんだなあと思いました。
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城前寺にある曽我兄弟のお墓。
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その隣りにある、
兄弟の義父である曽我祐信と、母親満江御前のお墓。
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「曽我物語」の周辺には、“石”がよく登場します。
ヒロイン・虎御前が化したという「虎御石」。
兄・十郎が、恋人である虎御前を忍んだ、
あるいは、十郎亡き後、母である満江御前と虎御前が彼を忍んだという「忍石」。
兄弟が力比べをしたという二宮町・川匂(かわわ)神社の「力石」。
箱根・芦ノ湖の「舟つなぎ石」。
弟・五郎が刀でまっぷたつにしたという岩のある箱根の「割石坂」──などなど。

これもそんな石のひとつ、沓(くつ)石です。
五郎が足を患ってやっと治ったとき、体がなまっていないか力試しをするために
石の上で踏ん張ったところ、石がくぼんで足形がついたといわれています。
城前寺のすぐ近く。
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曽我の里を流れる剣沢川をたどっていくと、弓張りの滝があります。
そこで、近くの山道脇の竹林をボランティアで整備されているという方に会いました。
話をしているうちに、お宅へ車で連れて行ってもらうことに。
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ご自宅の庭のみごとなしだれ梅。
絶景です。
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その方は、趣味で凧を作っていらっしゃるとのこと。
竹を割るところからはじめて、骨を組み立て、自分で絵も描く。
写真に載せられないのが残念ですが、すてきな大凧でした。
お孫さんのために作った凧もよろこばれている様子。
また、横笛や尺八なども器用に自作されていて、
悠々自適を楽しんでいらっしゃる風でした。

その方のお名前が、曽我さん。
およそ800年前、曽我兄弟の義父となった曽我太郎祐信は、温厚で、誠実で、
領民から慕われた人だったと伝えられているそうです。
名前が名前なだけに、
そんなDNAを持っておられるのではないかと思わせられる方でした。

その曽我太郎祐信の供養塔。宝篋印塔(ほうきょういんとう)。
曽我山の山道脇にあります。
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その祐信の奥さんとなった、兄弟の母、満江御前が住んでいたという住居跡。
今は公民館になっています。
兄弟が仇討ちへと出立する別れのとき、満江御前は小袖を贈ります。
その場面の謡曲「小袖曽我」の舞台となったのが、ここだといわれているそうです。
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近くに、満江御前のお墓。
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満江御前のお墓へ寄る途中、梅の木の下に生きもののような物を見つけました。
よく見ると、やつれた犬のようだけど、犬ではない。
じっと動かないまま、こちらをうかがっています。
しばらく互いに顔をぼーっと見合わせたまま、数十秒間、
やっとタヌキだと気がつきました。
「あ。カメラ」
と思ったときには時遅く、しかし彼の方は、あわてるでもなくのそのそと、
近くの物置き場の廃屋のようなところへ消えていきました。

昼間から、梅林の下にタヌキとは…。
タヌキは満江御前の御使いだったのだろうか……。
と、いぶかっていたところ、近くのお店屋さんの話では、
「よく見かけますよ」とのこと。
人間を見ても驚かず、平然と歩いているのだそうです。

そんなタヌキものんびりと暮らす曽我の里。梅の里。
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尾崎一雄にしろ、曽我兄弟にしろ、
いい環境で育ったよなあと、つくづく思ったのでした。

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