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斜線構図の順勝手と逆勝手


ここでちょっと「順勝手」「逆勝手」という言葉について整理してみます。

これは、もともと絵巻で使われていた言葉で、
絵巻では、
「順勝手」といえば、「順勝手の斜線構図」のことを、
「逆勝手」といえば、「逆勝手の斜線構図」のことを
限定で意味することも多いようです。

ちなみに、絵巻では、登場人物が左に向かって進んだり、左を向く(←)ことを
「左向(さこう)」といいます。
反対に、右に向かって進んだり、右を向く(→)ことを
「右向(うこう)」といいます(1)

こうした「左向」「右向」なども含めて、
斜線構図だけに限らず、
物語の展開する方向に順(したが)う動きや表現を「順勝手」、
反対に、逆らう動きや表現を「逆勝手」
ということもあります。

この斜線構図だけに限定しない絵巻の用語を、
絵本作家の長谷川集平さんが、絵本を語る上で使っておられました(2)
それにならって、笹本純さんが同じ用語の使い方をしています(3)

これがとてもわかりやすい。
それでこの稿でも、長谷川集平さんの使い方にならい、
紙芝居や絵本、絵巻、マンガなど、
物語の展開に方向性がかかわるメディアに共通する表現として、
この用語を使うことにしたのでした。

では、絵巻の「順勝手の斜線構図」「逆勝手の斜線構図」とは
どういうものなのでしょうか。

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「源氏物語絵巻」に代表されるように、
平安時代に作られた王朝の物語を映像化した絵巻の舞台となるのは、
主に室内です。
室内をどう描くかというとき、多用されたのが、
「吹抜屋台(ふきぬきやたい)」という手法でした。
屋根や天井を取っ払い、斜め上の俯瞰から建物の室内をのぞき込むという描き方です。
また、家の中をのぞくために、正面の壁も取っ払われて描かれることが多くなります。

このとき画面には、
柱、
長押(なげし:柱と柱を水平につなぐ木材)、
縁(えん:縁側)、
畳の縁(へり)、
襖障子(ふすましょうじ:現在のふすま)、
几帳(きちょう:部屋を仕切るつい立て、パーテーションのような道具)
などなど、
建物や調度類の直線が頻繁に描かれることになります。

この直線をどう描いてデザインするかによって、
画面の印象も変わってきます。
そしてそれによって、心理的な表現もされるようになりました。

この「吹抜屋台」を描く手法には、2種類があるといいます(4)
ひとつは、「水平構図」。

「吹抜屋台」で描くとき、室内の奥行きを表現するため、
奥行きの方向を斜めに描くことがよく行われます。
この奥行きの方向を斜めにとる斜線に対して、建物の間口の方向を水平に描くやり方が
「水平構図」です。
(水平構図は、奥行きの線だけが斜めなので、「片斜め構図」ともいわれます(5)。)

▼水平構図(片斜め構図)
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もうひとつは、
奥行きの方向を斜めに描くのは同じなのですが、
それに対する間口の方向も、斜めに描くやり方。
これは、「斜め構図」といわれます。
(斜め構図は、奥行きも間口も両方斜めなので、「両斜め構図」ともいわれます(5)。)

この斜め構図は、建物の一角から対角線の方向へ見下ろすアングルになりますね。

▼斜め構図(両斜め構図)
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同じ部屋の風景でも、「水平構図」で描くか、「斜め構図」で描くかによって
画面の雰囲気が変わって見えます。

「水平構図」は、安定感があり、落ち着いた感じ。

「斜め構図」は、ちょっとエキセントリックなおもしろさがあるでしょうか。
水平構図とは反対に、不安定で、落ち着かない感じになります。

たとえば「源氏物語絵巻」の「柏木(一)」の場面。

主人公・光源氏に嫁いだ女三宮(おんなさんのみや)が、
柏木という貴公子と浮気をして、子をなす。
その浮気相手の柏木が死んでしまったため、
出産してからまだ間もない女三宮が、
光源氏という夫がいるにもかかわらず、出家したいと父に願い出るところです。
光源氏にしてみれば、妻を寝取られた上に出家までされて去られるわけです。
これまで、女性たちに愛され、栄華への道を歩んできた光源氏が、
晩年につれて、悲劇に満ちた物語の後半へと向かうところ。

この場面が、「斜め構図(両斜め構図)」で描かれています。
そのことによって、
「心理的な不安や人物間の葛藤の表現を強く感じさせることになった」(5)
と評されます。

▼「源氏物語絵巻」(「柏木(一)」)
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なるほど、畳の縁(へり)の斜めの直線と斜めの直線が交錯することによって、
緊張感が高められている。
さらには几帳の直線が4本、渦を描くように並べられ、
まさに波乱の幕開けといった感じですね。

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また、「斜線」の描き方の角度によっても、画面の印象は変わってきます。

斜線の角度の傾斜が、緩やかな場合。
こちらは安定感があり、ゆったりとした印象があります。
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対して、斜線の角度が急な場合。
こちらは、不安定な印象です。
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たとえば、「源氏物語絵巻」の「御法(みのり)」の場面。
ここは、光源氏の最愛の妻である紫の上が、死の床につき、
最期の別れを源氏と交わすところ。

この場面では、奥行きの斜線が急角度で描かれているため、
「画面に安定感を欠き、それがいっそうこの場面の不安な悲劇性を強調している」(1)
といいます。

▼「源氏物語絵巻」(「御法」)
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右から左へと(←)視線を進ませる絵巻では、
人間の営みの場であり、生活の営みの場である室内の風景がここで途切れて終わり、
その先に、きらびやかな宮中とは対照的に、
余白をいかした、どこかもの寂しげな草々の風景が広がります。
その自然の風景と室内の風景が、急角度の斜線で区切られることによって、
しかも、ここには縁側も描かれていないため、
隔絶感を生んでいる。
生活の場がフッツリ途絶えるように区切られるという印象です。

そして、主人公・光源氏はその区切りの際で、
右を向いている(=右向)──流れとは反対の逆勝手の方向を向いている、
というのも暗示的です。
その背中に広がる余白が、空虚さを演出し、
自然の営みである“死”ということを感じさせるようにも思います。

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さてそして、絵巻のように、物語の展開に方向性が関わる場合、
斜線の方向が影響することになります。

このとき、右上から左下へと引かれる斜線が「順勝手の斜線」と呼ばれます。
右から左へと(←)物語が展開する絵巻では、
この方向の斜線が、流れに順(したが)うように見えるからです。

▼順勝手の斜線構図

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これは、立体を描く斜投影図の「右面構図」に対応します(6)
立体の右面が、こちらから見えるかたち。

▼斜投影図「右面構図」
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反対に、左上から右下へと引かれる斜線は「逆勝手の斜線」と呼ばれます。
右から左へと(←)物語が展開する絵巻では、
この方向の斜線が、流れに逆らうように見えるのです。

▼逆勝手の斜線構図

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これは、斜投影図の「左面構図」に対応します(6)
立体の左面が、こちらから見えるかたちになります。

▼斜投影図「左面構図」
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右から左へ(←)と進む人物の視点から見れば、
彼の前方には立体の右面があり、彼は右面をながめることになります。
左へ(←)進む絵巻では、鑑賞者も同じく左へ(←)視線を移動させるので、
立体の右面を描く順勝手の斜線構図が自然で、これが基本になります。

反対に、逆勝手の斜線構図で描かれる立体の左面は、
右から左へ(←)進む人物の視点からは、
見ることの出来ない裏側ということになりますね。

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そしてこの斜線の方向は、流れのイメージに影響します。
これは、たとえば下図のように考えるとわかりやすいかもしれません。

たとえば人物が、傘もささずに雨の中、
右から左へ向かって(←)走っているとき。

このとき、右上から左下へ向かう順勝手の斜線を描く雨は、
イメージとしては、スムーズ。
進行に対して邪魔をすることなく、むしろ背中を押して、
スピードの加速を助けているかのように見えます。
雨は、風の影響を受けているわけで、
これは、風でいうならば、「順風」ということになります。

▼順勝手の斜線の雨
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対して、左上から右下へ向かう逆勝手の斜線を描く雨は、
進行を妨げ、スピードを奪うかのようなイメージです。
これは風でいうならば、「逆風」ということになります。

逆風の雨に立ち向かって走るという図は、
負けずに走る力強さを演出することにもなるでしょう。

▼逆勝手の斜線の雨
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順勝手の斜線構図は、物語の展開の方向に沿って、
そして読者の視線の方向に順(したが)っているので、
流れがスムーズとなり、流動感があります。

そのため、物語を描いた絵巻では、基本的に、
順勝手の斜線構図が多用されることになります。

「一遍上人絵伝」は、生涯にわたって遊行を続けた一遍の旅をつづった絵巻で、
その道行きの舞台となるのは、室外です。
室内を描くための吹抜屋台は使われません。
登場する民家や寺社の建物は、屋根付きの俯瞰で描かれるのですが、
このとき、順勝手の斜線構図が頻繁に使われています。

▼「一遍上人絵伝」(部分)
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ここで、順勝手の斜線構図が多く使われているのは、
「一遍が右から左に向かって遍歴をつづける進行にあわせて、
流動的な効果をあげることを意図したものだろう」
(1)
と、奥平英雄さんは述べています。

が、しかし、順勝手の斜線構図ばかりでは、画面が単調に見えてしまう。
そこで、単調さを避け、ところどころ変化をつけるために、
逆勝手の斜線構図を用いたりもしているといいます。

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順勝手と逆勝手の斜線構図は、
こうしたイメージや心理的な表現を伴っているわけですが、
すべてにあてはまるわけではありません。
上述のように、単調さを避けるために変えられたり、
また、後年の絵巻では、斜線構図の形式だけを踏襲しているものもあるようです。

そんな中、逆勝手の斜線構図の表現の好例として、奥平英雄さんが挙げているのが、
「源氏物語絵巻」の「宿木(三)」の場面です(1)

▼「源氏物語絵巻」(「宿木(三)」)
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これは、「斜め構図(両斜め構図)」でもありますね。
「斜め構図」自体が、
順勝手の斜線と、逆勝手の斜線の組み合わせということになります。
ここでは、その逆勝手の斜線が効果的に使われています。

琵琶を優雅につま弾いているのは、貴公子・匂宮(におうのみや)。
「源氏物語」後半の主人公・薫のライバルでもあります。
その音色に聴き入る女性は、彼の妻であり、妊娠中の中君(なかのきみ)です。

一見、弾き語りに耳を傾ける仲睦まじいカップルに見えるのですが、
彼らの胸中にかかえている想いは複雑です。
匂宮は、中君の他に妻をめとり、右大臣の娘婿となってそちらに入り浸っています。
そんな夫の行状に思い悩む中君は、薫に相談を聞いてもらって慰められるのですが、
匂宮は、その二人の仲を疑っている。

こうした両者の錯綜する感情が、逆勝手の斜線構図で描かれることによって、
微妙な緊張感をかもし出しているというわけです。

ここでは、室内と室外を隔てるところに縁側があり、
それがクッションとなって調和され、
枯れ尾花がたなびく外の余白が、叙情的な余韻となっているように見えます。

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ところで、この「宿木」の帖の場面は、
(一)も(二)も、逆勝手の斜線構図で描かれています。
下図は、「水平構図(片斜め構図)」の逆勝手ですね。

▼「源氏物語」(「宿木(一)」)
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ここで逆勝手の斜線構図が用いられているのは、
物語の内容とは無関係のように思われます。

ただ、物語絵巻では、
物語が始まっていく前半に、順勝手の斜線構図が描かれやすく、
物語が終息に向かう後半に、逆勝手の斜線構図が描かれやすい、
という傾向があるようです。

源氏物語の後半である「宿木」が逆勝手の斜線構図であるのは、
もしかしたらその傾向によるかもしれません。

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絵巻は、巻いた紙をスクロールさせながら右から左へと(←)読み進みますが、
ページをめくって読み進む綴じ本形式の「草子(草紙)」もまた、
右から左へと(←)物語が展開するメディアです。

この草子である「御伽草子(渋川版)」の挿し絵が、
やはり順勝手と逆勝手の斜線構図を巧みに使い分けていることを
黒田日出男さんが指摘しています(7)

この「御伽草子」の挿し絵にも、
物語が始まっていく前半に、順勝手の斜線構図が描かれやすく、
物語が終息に向かう後半に、逆勝手の斜線構図が描かれやすい、
という傾向があるといいます。

たとえば、
「小町草紙」の最初
「小敦盛」の最初
には、物語の始まりの場面として、順勝手の斜線構図。

反対に、
「蛤の草紙」の最後
「猫のさうし」の最後
は、物語の終結の場面として、逆勝手の斜線構図が使われています。

以上を基本としてふまえた上で、それに対する変則的な表現が見られます。

「文正さうし」の最後
「唐糸さうし」の最後
などは、本来ならば、逆勝手の斜線構図が使われるところです。
しかし、これらの物語は、とびきりのハッピーエンド。
その「末広がりのめでたさ」を強調するため、
流れの前向きな順勝手の斜線構図が、わざわざ使われているというのです。

またたとえば、「木幡狐」の最後。

▼「御伽草子(渋川版)」〜「木幡狐」挿し絵
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これは、斜め構図(両斜め構図)ですが、
縁側の斜線など、順勝手の斜線が強調されています。
また、主人公の狐の尼僧も、左(順勝手の方向)を向いていますね。

一匹の美しい女狐。
姿を人間に変じて、都へ上り男性と結婚します。
一子をもうけ、幸せに暮らしていましたが、その家で犬を飼うことになる。
狐である彼女は、家に犬が居ては、いられません。
泣く泣く子をおいて家を出て、故郷に帰ってくるのですが、
子と夫への想いやみがたく、出家して尼となり、
来世で結ばれることを願い、物語は幕を閉じます(8)

ここは、修行に励み、来世の未来に想いを託そうとする場面。
物語は閉じられるのですが、そうした開かれた感じを描くため、
最後にも関わらず、順勝手の斜線構図が用いられているというわけです。

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また、物語の途中は、展開をスムーズにするため、
順勝手の斜線構図で描かれるのが基本です。
しかし、意図的に、逆勝手の斜線構図で描かれることがある。
そうした例を、黒田日出男さんが挙げています(7)

「文正さうし」……場面転換となるところ。
「鉢かづき」……鉢がとれるという劇的な事件が起こるところ。
「唐糸さうし」……主人公が死を覚悟して行動に踏み切るところ。

▼「御伽草子(渋川版)」〜「唐糸さうし」挿し絵
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たとえば、その「唐糸さうし」。

源頼朝と木曾義仲が、同じ源氏でありながら争っていた時代。
鎌倉御所に仕えていた唐糸という女房が、木曾義仲の命令で頼朝の命を狙います。
しかし、事が発覚し、土牢に幽閉される。
その娘・万寿姫は母親を救い出そうと、鎌倉御所に乗り込みます。
そして一歩間違えれば殺されるのを覚悟で、頼朝の前で、得意の舞いを披露する。
その舞いの素晴らしさに感激した頼朝が、母親の唐糸の罪も許すという物語です(8)

決死の覚悟の万寿姫は、逆勝手の方向を向いて舞いを舞っている。
そのドラマチックな場面が、やはり逆勝手の斜線構図で描かれているんですね。
(こちらも斜め構図(両斜め構図)ですが、逆勝手の斜線の角度が印象的です。)

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以上を整理してみると、
順勝手の斜線構図は、
 始まり・順調・前向き・活発・積極的・動的・未来へ向かう
などのニュアンスがあるようです。

対して、逆勝手の斜線構図は、
 終息・逆境・変化・停滞・不安・葛藤・劇的・後ろ向き・消極的
などのニュアンスがあるようです。

これらの要素は、斜線構図に限らず、
右を向く・左を向くなども含めた順勝手・逆勝手に共通するもので、
下図の要素とも重なるところが大きいと思われます。

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絵本「アンガスとあひる」(9)の中で、
好奇心いっぱいの子犬・アンガスが、
庭の境にある生垣の向こうから聞こえてくる声に興味を抱く場面があります。

屋敷の中で暮らすアンガスにとって、生垣の向こうは、未知の世界。
そこに何がいるか、アンガスは知りたくてたまらなくなる。
そのとき、障害となる生垣が、順勝手の斜線の方向で描かれているのです。

(この絵本は、左開きですから、絵巻や草紙とは逆に、
左から右へ(→)展開します。
その方向から見れば、左上から右下への方向が、順勝手の斜線となります。)

▼絵本「アンガスとあひる」(9)の部分を模写

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右へ(→)進むアンガスの目線から見れば、生垣の左面が見えるわけで、
順勝手の斜線構図で描かれるのは、ごく自然です。

生垣は急角度で描かれており、行く手を阻む障害であることは明白です。
が、しかし、逆勝手ではありません。
順勝手の斜線構図で描かれることによって、
乗り越えていけそうな、その先に進んで行けるという
開かれた可能性のあるニュアンスをかもし出しているような、
そんな気が、筆者はします。

結局、アンガスは生垣の下をくぐって、未知の世界へ飛び出します。
そして声の正体があひるであるのを知り、ひどい目に合って家に逃げ帰る。
そのとき、アンガスは3分間のあいだ、何も知りたいと思わなかったと語られます。
けれど3分後には、きっとまた、生垣の向こうへの冒険に想いを馳せたに違いありません。
順勝手の斜線構図で描かれた生垣は、
「また乗り越えて行けるよ」と言っている気がします。

ちょっと“牽強付会”気味ですが、
生垣が順勝手の斜線で描かれているのを見て、そんなふうに感じたのでした。

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《引用・参考文献》
(1)奥平英雄「絵巻物再見」角川書店
(2)長谷川集平「絵本づくりトレーニング」筑摩書房
(3)笹本純「絵本の方法ー絵本表現の仕組み」〜中川素子、今井良朗、笹本純「絵本の視覚表現ーそのひろがりとはたらき」日本エディタースクール出版部・所収
(4)佐野みどり「じっくり見たい『源氏物語絵巻』」小学館
(5)若杉準治編「絵巻物の鑑賞基礎知識」至文堂
(6)高畑勲「十二世紀のアニメーション ー国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるものー」徳間書店
(7)黒田日出男「歴史としての御伽草子」ぺりかん社
   黒田日出男「御伽草子の絵画コード論」〜黒田日出男・佐藤正英・古橋信孝「御伽草子ー物語・思想・絵画ー」ぺりかん社・所収
(8)市川貞次校注「御伽草子」岩波文庫(上・下)
(9)マージョリー・フラック作・絵、瀬田貞二訳「アンガスとあひる」福音館書店

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 冊子[源氏物語絵巻]


「源氏物語」、そしてそれを映像化して絵巻にした「源氏物語絵巻」に、
絵本の原形とも思われる冊子形式のメディアが登場します。
「東屋(あずまや)」(一)の場面。

「源氏物語」を彩るヒロインのひとりである浮舟(うきふね)は、
身分は高くないものの、裕福な家の娘。
が、母親は子連れで再婚したので、父親の実子ではありませんでした。
財産目当てで彼女と婚約した男は、その事実を知って、
父親の実子である彼女の妹と結婚してしまいます。
不憫に思った母親は、浮舟を、
彼女の異母姉である宇治の中君(なかのきみ)のもとへ預けます。

ところが、中君の夫である匂宮(におうのみや)には浮気癖があり、
偶然、彼女を見つけて強引に迫る。

この後、浮舟は、
この匂宮と、そして「源氏物語」後半の主人公・薫との板挟みになり、
自殺へ追い込まれることになります。

が、この「東屋」の場面の時には、事なきを得ます。
しかし、男性経験のない浮舟にはショックでした。
そんな妹に気をつかって、慰めるために中君が用意してすすめたのが、
絵物語の冊子です。

中君が、
「絵など取出させ給ひて、右近に、詞(ことば)読ませて」(1)
──というくだり。

「右近」は、浮舟に仕える侍女(女房)です。

中君は、浮舟といっしょに絵を見ます。
恥ずかしげに物怖(ものお)じしていた浮舟は、やがて物語に夢中になったのでしょう、
いつのまにか前に乗り出して絵に見入っている。
そんな異母妹の美しい横顔をながめて、中君は感慨にふけります(2)

このシーンを「絵巻」では、姉妹二人ではなく、
浮舟ひとりで絵を見るという構成で描いています。
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絵の冊子に見入っている浮舟()。
その手前で、詞書(ことばがき)の冊子を朗読しているのが、右近です()。
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つまり、絵が描かれている冊子と、
文章が書かれている冊子という、2冊に分かれた1組の絵本。

たいていは高貴な人のために、侍女(女房)などが文章を読み聞かせる。
その読み聞かせに合わせて、ページをめくって絵をながめていくというわけです。

「絵巻」の他に、こうした仕組みのメディアが、
平安の当時、貴族社会の中にあったことがわかります。

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《引用・参考文献》
(1)紫式部、石田穣二・清水好子校注「源氏物語」〜「新潮日本古典集成」新潮社
(2)紫式部、与謝野晶子訳「源氏物語」〜「日本国民文学全集4」河出書房新社
   佐野みどり「じっくり見たい『源氏物語絵巻』」小学館
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