アラビア語の翻訳絵本にみる右・左




東京・板橋区に、「いたばしボローニャ子ども絵本館」があります。

北イタリアのボローニャ市では、毎年「ボローニャ国際児童図書展」が開催されています。
その一環として、日本での「国際絵本原画展」が板橋区立美術館で行われたのをきっかけに、
ボローニャ市と板橋区の交流が始まる。
そうしてボローニャ市から板橋区へ寄贈されたのが、世界の絵本や児童書2,3000冊あまり。
その一部を、同館で一般公開しているのだそうです。

小学校の元校舎を改造したところへ、世界約80カ国の絵本がズラ〜〜ッと並び、
どれでも読み放題というのは魅力です。

で、その中に、アラブ首長国連邦(UAE)の絵本もありました。
この国の公用語はアラビア語ですが、英語も一般に広く使われているのだそうです。
そのため、同じ絵本でも、アラビア語版と英語版の両方があるものもあります。

たとえば英語版の「You're Too Little!」(2)という絵本。
この文章は当然、英語のアルファベットで、左から右へ(→)読み進み、
絵本の展開も右へ進む(→)左開きの本となります。

ところが、アラビア語は、右から左へ(←)読み進む文字。
絵本の展開も左へ進む(←)右開きの本となります。

英語版とアラビア語版は、どちらも原画は同じです。
が、印刷では、部分的に左右そのままの同じ絵になっている箇所があるものの、
基本的に、左右反転になっていました。

ストーリーの流れとしては、まったく違和感がないのですが、
登場する人物がみんな左利きとなるのは、やむを得ないところでしょう。
また、ふつうに景色を描いた絵でも、左右反転すると、
なんとなくバランスが悪いような、どことなく居心地が悪いような印象があるのは、
これは筆者の個人的な感覚のはなしです。



こうした左右反転は、マンガを翻訳する場合にもあるそうです。
日本のマンガは、縦書きで右から左へ読み進み(←)、
表紙が右の右開きが、一般的。
対して、英語などのアルファベットは、右へ読み進む(→)ので、
マンガのコマの絵は、左右反転にしないとつながらなくなる。

ただ、ヒットを放った野球選手が三塁へ走るという珍現象が起きたりするみたいですね。



同館には、日本の絵本が、外国向けに翻訳されたものもありました。

たとえば、五味太郎作「きんぎょがにげた」(1)
何カ国語かに翻訳されていましたが、エジプト向けに翻訳されたものもあります。

エジプトの公用語は、アラビア語。
日本のオリジナルは、文章が右へ読み進む(→)横書きで、左開きで、
アラビア語版は反対の右開き。
これはやはり、中の絵が、左右反転になっていました。

文字が読めないながらにページをめくってみても、
まったく違和感がありませんでした。



しかし、それにしても残念だったのは、
日本の「いっすんぼうし」(文・石井桃子、絵・秋野不矩)(3)が、エジプト向けに翻訳された絵本です。

これも、オリジナルは、文章が横書きで左から右へ(→)展開するので、
アラビア語版では、反対のつくり。
ところが、絵は、左右反転しないままなのです。
そのため、主人公の一寸法師は、逆勝手のまま、物語を進むことになる。

たとえば、都へと旅立つ一寸法師を、おじいさん・おばあさんが見送るシーン。
オリジナルの原画では、左下の手前に、おじいさん・おばあさん。
右上の彼方に、小さな一寸法師という、グランス・カーブを描く構図です。
左下から右上へと描かれる読者の視線に合わせるように、
旅をする蝶々の群れの軌跡が、グラフィカルに美しく添えられています。

ところが、アラビア語版となると、これが左右反転しないままなので、
こちらの一寸法師は、逆勝手の方向を向いて歩いていくのです。
これでは、
おじいさん・おばあさんと別れる一抹のさびしさや、
ちょっと不安感も入り混じった旅立ちのワクワク感もわいてこない。
──ように感じてしまったのは、筆者だけの感覚でしょうか。

秋野不矩さんの流麗な絵はそのままなのですが、
左右が反対なために、
物語を読み進むおもしろさが半減するように思われたのでした。



やはり、右か、左か。
順勝手か、逆勝手か。
というのは、大切なもんだよなあと、改めて思った次第でござります。







《参考文献》
(1)五味太郎「きんぎょがにげた」福音館書店
(2)Caroline Borthwick 文、Judi Barret-Lennard 絵「You're Too Little!」Jerboa Books
(3)石井桃子文、秋野不矩絵「いっすんぼうし」福音館書店

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