語り口を考えてみる(1)──「こまごま描写」と「あっさり描写」

f0223055_14204128.gif以前、作文教室が開かれていたのでした。
対談の企画(1)の中で生まれた小さな教室で、いわゆる個人授業。
テーマは「小説を書く」。
先生は、作家の宮部みゆきさん。
生徒は、女優の室井滋さん。
室井滋さんといえば、エッセイストとしても達者で知られる方ですが、
「小説」を書くのは初めてだそうで、
その処女作を、宮部みゆきさんが添削していたのでした。
その中で、あくまでも私ミヤベはこう考えるという限定付きで聞いてほしいと言いながら、
宮部みゆきさんはこんなアドバイスを送っていました。

「…私は作品の中で人物についてあまり具体的な描写をしないほうがいいという方針なんです。たとえば、ふたりの子供に怖い顔を描いてごらんといったら、それぞれ全く違う顔を描くと思うんですよ。つまり、どんな顔が怖い顔なのか、どんな顔がいやらしい顔なのか、百人の読者がいたら百人百様の想像をするんじゃないかしら。」(1)

たとえば、この人は化粧が濃い。舞台で化粧をする私から見ても、濃いと思う。
と書けば、ある程度のイメージを読者に喚起できるはずで、
そうした想像を自由に想い描いてもらう方が、具体的な描写をするよりも、
読者を作品世界へ誘いやすいというわけです。

それに対して室井滋さんは、女優として、自分は頭で演じるタイプではなく、
衣装や顔つきなど、かたちから入って、その人の匂いのようなものを感じながら演じる方で、
だから、その人が一重まぶたか二重まぶたかというようなことが大事なのだと言います。
そこで応じて宮部さんが語ります。

「そうしたら、逆にすごく緻密に書いてしまうという手もありますね。それがきっちりできていれば、読者は映画を観るようについてきてくれますからね。あまり書かないか、書くんだったらきっちり書く。」(1)


さて、ここで今、この2つのやり方を、人物描写に限定せず、
「Ⓐこまごま描写」「Ⓑあっさり描写」と仮に名付けて、次のように考えてみようと思います。

Ⓐこまごま描写:多く言葉をつくして、くわしく表現する描写のし方。
あっさり描写:少なく言葉を削って、簡潔に表現する描写のし方。

実際には、この2つの要素はひとつの作品の中でも入り混じっています。
どちらかに割り切れるというものではありません。
文章の一節に二つの要素が共存していることもあります。
また、ある場面ではⒶこまごま描写を使い、別の場面ではあっさり描写を使うというように、
ひとつの作品の中で場面ごとに書き分けられることもあります。
ただ、どちらの要素が大きいかという比重はそれぞれ異なっていて、
「文体」というような、ひとつの個性となっているように思われます。

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このⒶこまごま描写の最たるものは、19世紀リアリズム文学といえるでしょう。
たとえば、ドストエフスキー「罪と罰」のこんな文章。

『青年が通された小部屋は、黄いろい壁紙がはりめぐらされていた。窓辺にはゼラニウムの鉢がいくつかと、モスリンのカーテンがあった。夕陽がそれらすべての上に、どぎつい光をあびせていた。……部屋のなかには特別なものはなにもなかった。黄いろい木の家具は、どれもひどく古びていた。そりかえった背もたせのある長椅子がひとつ、その長椅子とむかいあう楕円形のテーブルがひとつ、窓と窓とのあいだの壁を背にした化粧台と鏡がひとつずつ、他の壁にそって椅子がいくつか、それに、小鳥を手にしたドイツ人の令嬢たちを描く安物の版画が二つか三つ、──これが調度類のすべてであった。』(傍線筆者)(2)

これは、アンドレ・ブルトンがその著作「シュルレアリスム宣言」で引用している箇所です。
ブルトンは自分の「シュールレアリズム(超現実主義)」を主張するにあたって、
既存の「合理主義」や「現実主義」を徹底して批判し、否定しました。
そんな批判の槍玉に挙げたのが、
19世紀リアリズム文学の代表的な作家ドストエフスキーの作品でした。
こんな、くどくどと長ったらしい描写を読ませられるのはうんざりする。
このような文章は読みとばしたいものだ、かんべんしてほしいと、ブルトンはいいます。

なるほど、このねちねちと細かい描写のテキストをいきなり突きつけられた読者は、
2行目へいく前に、うんざりするかもしれません。
学生時代の筆者は、まさにそうでした。
当時は、「罪と罰」の最初の数ページで挫折し、本を投げ出してしまいました。
活字離れの進む昨今では、そうそう、だから長い小説は嫌いなんだと、
ブルトンに激しく同意しそうな読者がたくさんいそうな気がします。

ただ、この引用のしかたは、アンフェアだと思います。
「罪と罰」はご存知の方も多いと思いますが、主人公ラスコーリニコフが殺人を犯す物語です。
この場面は、これから老婆を殺そうと計画をもくろむラスコーリニコフが、
下見という目的を隠しながら、その金貸しの老婆の自宅へ金を借りに訪れるシーン。
だからブルトンの引用では省略されている「……」の部分には、次のような文章が入ります。

「『その時もきっとこんなふうに、日がさしこむにちがいない!……』
どうしたわけか、思いがけなくこういう考えがラスコーリニコフの頭にひらめいた。彼はすばしこい視線を部屋の中にあるいっさいのものに走らせて、できるだけ家の様子を研究し、記憶しようとつとめた。」(3)

「その時」というのは、つまり彼が近いうちに老婆を殺害するだろう瞬間のこと。
ラスコーリニコフはその時のことを想い浮かべ、
自分自身のその恐ろしい考えに、ときには、へどもどとまごつきながらも、
金はどこにあるのか、支障をきたすものはないかなどと、
犯行現場となるであろう、その部屋をこと細かく観察する必要があったわけです。
この文章の描写は、そんな彼の視点に寄り添って眺めた部屋の細部で、
だから凡庸な、何の変哲もない退屈な景色も、サスペンスの緊張感を帯びてくる。

そうした作者の意図がわかると、長々とくどい描写の印象が違ってきます。
まさしく「映画を観るように」、読者の脳内にきっちりとした映像が描かれる。
おもしろくなってくる。
興味をひかれるものであれば、どんなに長くて細かな文章も逆におもしろくなる。

日常会話でもそうですよね。
たとえば、筆者は、女優で歌手のHさんのファンなのですが、
ぜんぜん興味のない友人に、
「この間、ライブに行ってきてさ」と言っても、
「ああ、またか」という顔をされて、「へえ、そうなんだ」の一言で会話は終了します。
にも関わらず、彼の前でライブのようすを延々とくわしく、ねちねちと語り出したら、
聞き手は辟易して、逃げ出します。
ところが、同じファンである別の友人に話したなら、興味津々、
「え? え? どこらへんの席で観たの? 髪型はどうだった?」
などという質問を矢継ぎ早に浴びせられることとなります。
それに答えて、微に入り細にわたる話しを長々と語ったとしても、
聞き手は退屈するどころか、もっと微細な描写を催促するかもしれません。

興味を引っぱるものがあったりおもしろければ、長くてもくどくても気にならない。
ドストエフスキー作品でも、
ストーリーの流れだけを淡々と書き記すような、ほとんど描写のない「谷」の部分があって、
興味深い箇所や「山」場にくると、
細かく丁寧に描写するというような書き分けがされています。

「罪と罰」を一度は挫折した筆者でしたが、その後改めてページを開いてみたところ、
このねちねち描写が存外におもしろくなってきて、読み通すことになり、
ドストエフスキーの他の作品にもはまることになりました。

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人物描写にしても、
たとえば、そのドストエフスキー作品「白痴」のヒロイン、ナスターシャ・フィリポヴナは、
物語に実際に登場する前に、冒頭で美人であるといううわさ話が語られます。
次には写真として登場し、こんなふうに描写されます。

「彼女はきわめてあっさりした、しかも優雅な仕立ての黒い絹の服を着ていた。見たところ髪は濃いブロンドらしく、無造作にふだんの髪型に束ねてあった。その瞳は底知れぬ深さをたたえた暗色で、額は物思わしげであった。顔の表情は情熱的だったが、なんとなく傲慢な感じがあった。いくぶん瘦せぎみな顔だちで、どうやら顔色も蒼白そうであった……。」[註1](4)

さらにこの写真を見た主人公ムイシュキンは、次のように語ります。

「『…顔つきは楽しそうに見えますが、ほんとうはたいへん苦労をしたんでしょう、え? 眼がちゃんとそれを物語っていますよ。それからこの二つの小さな骨が、眼の下の頬の上にあるこの二つの点でもわかりますよ。これは誇りにみちた、怖ろしく誇りにみちた顔ですね。」(4)

こんなふうに描写され、お膳立てのフラグが立てられると、
読者は、はたしてこの女性はどんな人物なのかと興味をひかれ、
物語の舞台への登場を心待ちにしながら、読み進めていくことになります。
宮部みゆきさんの方針とは反対のやり方で、読者の想像力を刺激してくるのです。

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こうした長々と緻密なⒶこまごま描写の典型が19世紀リアリズム文学だとしたら、
その対極にあるあっさり描写の最たるものといえるのが、「昔話」でしょう。

たとえば美しいヒロインを、グリム童話ではこう語ります。

「ラプンツェルは、この世の中に、ふたりといないほど美しい女の子になりました。」
(「ちしゃ」)(5)

ドストエフスキーの描写に比べると、まことにあっさりです。
昔話研究で知られるマックス・リューティーは、
「昔話は描写への欲求を持たない」
と、いいます(6)
基本的に描写をしようとしないのです。

描写をするとしても、簡潔に。
たとえば次のようになります。

「するとすぐに女の子が王子のそばにあらわれました。どんな絵かきだってかけないほどきれいでした。」
(「なでしこ」)(7)

「…いちばん下のおひめさまは、たいそうきれいだったので、ずいぶん、いろいろなものを見てきていたお日さまでさえ、そのお日さまをてらすたびごとに、おどろくほどでした。」(「かえるの王さま、または、鉄のハインリヒ」)(5)

これら「絵にも描けないほど」「お日さまが驚くほど」などの表現は昔話の常套句です。
たとえば、日本の沖縄の昔話「天の庭」では、ヒロインのハイタマグスク姫は
こう語られます。

「その姿は照る日も曇らすほど美しい。」(8)

こうした常套表現のパターンは、ボキャブラリーのひとつのように、
語り手の引き出しの中に用意されていただろうと思われます。
そして語り手が、Aの話、Bの話、Cの話を語るときでも、
その中で美しい女性が登場するシーンがあれば、常套表現を使ったりした。
女性が美しいということがわかればいいのであって、
ドストエフスキーのように、瞳が深い暗色で、頬骨に特徴があるなど、
個性を表す具体的な描写がないゆえ、使い回しが可能だったと思われます。

むしろ詳しい描写は、邪魔であったでしょう。
読者(聞き手)が自由に想像をめぐらそうとするとき、
たとえば「背が高い」などの描写があったら、その言葉に縛られます。
理想の美人像というのは、宮部みゆきさんが言っていたように「百人百様」で、
背の高いのっぽさんを思い浮かべる人もいれば、
背の低いおちびさんを思い浮かべる人もいるでしょう。
やせっぽち、ぽっちゃり、髪の色、目の大きさなどなど、諸条件を取っ払い、
読者(聞き手)がそれぞれ自由に理想像を想い描くためには、
余計な描写はむしろない方がいいというわけです。

そして昔話では、どんなに美しいか、言葉をつくして描写するよりも
行為や行動で表現したりします。
ドストエフスキー「白痴」では、ヒロインの美しさがまず写真を通して語られましたが、
グリム童話の「忠実なヨハネス」(5)では、絵を通して語られます。
絵に描かれた美人に恋をするというのは、
日本の昔話「絵姿女房」などでも知られるモチーフですね。
「忠実なヨハネス」の主人公である若い王さまは、
見てはいけないとされていた絵を一目見ることで、衝撃を受ける。
そのとき、なんと彼は気を失って床に倒れ込んでしまうのです。
そのアクションによって、気絶してしまうほどの美しさが表現され、
彼が電撃的に恋に落ちたことが語られることになります。

ただ、昔話は描写への欲求がないといっても、描写を否定するわけではありません。
聞き手(読者)の想像を高めるために、短い描写を加えたりします。
美人像というのは、時代によって、流行によって変わりますが、
「肌の白さ」というのは、黄色・白人種においては、「七難隠す」と言われるように、
ちょっと普遍的ともいえる美的価値をもっているでしょう。
(小麦色、褐色の肌が礼賛されることもありますが。)
また、健康的に赤らんだ頬、艶やかな黒髪も、美人の要素。
そこで「白雪姫」では、こう語られます。

「雪のように、肌が白く、血のように、ほおが赤く、こくたん(黒檀)のように、かみの黒い子でした。」(「白雪姫」)(9)

体格や顔つきもわかりませんが、誇張して、こう極端に語られることによって、
鮮明なイマジネーションが、聞き手(読者)の脳内に築かれることになります。

※ただ、昔話が「再話」としてテキスト化されるとき、再話者が素朴な原話に
飾りを施して描写を加える場合があります。
グリム童話では、ロマン主義時代の人だったグリム兄弟が、
しばしばロマンチックな描写を付け足しています。

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さて、しかしながら、ただ単に描写を削るだけであれば、
読者(聞き手)に想像を広げさせ、感銘をもたらすことにはならないでしょう。

もしも描写や細かな叙述をまったく削り取り、ストーリーの骨格のみを述べるとしたら、
それは梗概──あらすじということになります。
佐藤公代さんは、
そうした「あらすじ型」と「詳細型」のテキストを子どもたちに読み聞かせ、
どちらがより深く理解し、より心情が汲み取れたかを実験調査されています(11)

調査に使われたのは「こぶとりじいさん」の絵本のテキスト。
おおまかな筋のみを追った「あらすじ型」が24文のセンテンスに対し、
「詳細型」は52文のセンテンスで、あらすじの骨格に肉付けがされたもの。
場面場面を詳細に描き、会話を多用し、
言葉をくりかえしたりと、文章のリズムにも配慮したものだそうです。
(※「詳細」といっても、それほど詳しくはないあっさり描写の部類に入る「詳細」さだと思います。)
対象は4歳児・5歳児・6歳児で、大学生を対象に行った調査と比較検討されています。

結果、4歳児のグループでは、こぶとりじいさんである主人公の「じいさま」の心情理解率が、
「詳細型」よりも「あらすじ型」の方が高かったそうです。
これは、「あらすじ型の方が短くまとまっているために、
中心人物のじいさまの気持ちがより理解しやす」かったのではないかと解されています。
が、脇役の「となりのじいさん」の心情までは理解が出来ていなかった。
脇役の「となりのじいさん」よりも、主役の「じいさま」の心情を理解する率が高いというのは
当然と言えば当然ですね。
5〜6歳児のグループでも、「あらすじ型」においては、その傾向が顕著に見られたそうです。

ところが、「詳細型」においては、
主役に限らず、脇役も同じようにその心情を汲み取ることができていたといいます。
これには、この年代の子どもたちが、自分中心の思考から、相手のことも理解できるようになっていく
発達の度合いも関わっているかもしれませんが、
「詳細型」では物語をより深く読み込み、より深く理解していたといえるでしょう。

対して、「あらすじ型」は浅い理解のし方といえます。
「あらすじ型」では、
「となりのじいさん」が「悪い人できらい」という感想をもつ子が多かったというのも、
既成の勧善懲悪のパターンに、安易にあてはめて考えた結果ということができるでしょうか。

全般的に「詳細型」の方の理解度が高く、物語により没入する傾向がうかがえた。
どちらが、よりおもしろいと感じたかという結果は明らかでしょう。
適切な詳細な描写によって、物語の世界によりひたることができるのです。

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昔話は現在、聞き書きがテキスト化され、私たちは本によってその世界に触れることができますが、
言うまでもなく、もともとは口から耳へ語られたものです。
描写への欲求を持たないこうした文体も、口承の中から生まれたもの。
語り手は、聞き手の想像を促すような間をとるなど、語りを駆使して物語の世界を伝えます。

一方、同じ口承文芸の中でも、あっさり描写の昔話に対し、
Ⓐこまごま描写を使って物語世界を伝えようとする文芸もありました。
昔話を伝える語り手の多くが、村の古老や主婦など素人であるのに対し、
こちらの多くは、職業人である芸人たちによって伝えられました。
「唱導」や「説経」「祭文」などで、
音楽を伴いながら語る「瞽女口説」や「浄瑠璃」なども当てはまるでしょう。
琵琶法師が語ったという「平家物語」もそのひとつです。

「平家物語」は、古典の「文学」としても知られていますが、
もともとは琵琶法師が語った口承文芸をテキスト化したもの。
この軍記物語に登場する人物のほとんどは武士たちで(その妻や貴族も登場しますが)、
戦いの中の彼らは、どんな具足を身につけていたかというファッションで描写されます。

次の文章は、その「平家物語」から。
京に上った木曾義仲が、同族である源氏の源義経らによって追われる立場となり、
それに対して反撃する場面です。
この後、義仲は、
「やあやあ、われこそは朝日将軍、木曾義仲なるぞ」
というような名乗りをあげて、戦いの中へ身を躍らせることになります。
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(「平家物語」巻第九)[註2](12)

どんな色の、どんな鎧を着て、どんな馬に乗って戦ったか、
言葉をつくすことによってその姿を描き、情景を浮かび上がらせるわけです。
私たち現代人には難しくチンプンカンプンな言葉ばかりに聞こえますが、
「直垂(ひたたれ)」とか「縅(おどし)」などのアイテムは、
当時の人々なら知っている身近な言葉だったかもしれません。
ここでは、「薄金」といういわく付きの銘品の鎧を着て、「鬼葦毛」という名馬にまたがり、
さらに「唐綾縅(からあやおどし)」「石打の矢」「沃懸地(いつかけぢ)の鞍」などの
高級ブランド品をおりまぜて、
いかにもゴージャスな装備を身につけていた義仲の姿が描かれています。

こうした描写のし方は、
たとえば江戸から明治時代に隆盛をきわめた「講談」などに受け継がれます。

次の文章は、講談の軍記もの「太閤記」の一節です。
織田信長が、美濃国の斎藤道三の孫である斉藤龍興を討ち破り、
城を落とすことになった稲葉山城の戦い。
信長の家来である主人公・羽柴(豊臣)秀吉からみれば、軍師・竹中半兵衛は当時は敵でした。
その彼の術中にはまり、西美濃三人衆にとり囲まれる場面です。
後には味方となる三人衆のひとり、稲葉貞通の勇姿ぶりが次のように描かれます。
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(「太閤記」)[註2](13)

「猩々緋(しょうじょうひ)」がどんな色かを知っている通人であれば
(いえ、当時の聴衆には常識だったかもしれませんが)、
ちょっと渋さをたたえた真っ赤な色の纒(まとい)が鮮やかに揺らぎ、
大旗とともに押し寄せてくる情景を思い描くことができるかもしれません。
が、言葉を正確に理解していなくても、おぼろげに情景をぼーっと思い描き、
言葉のリズムの心地よさと、
読み手の口舌の滑らかさぶりを楽しむということもあったように思います。

中国にも同様の講談があります。
こちらは1000年の歴史を誇るもの。
たとえば「水滸伝」は、日本で語りものの「平家物語」がテキスト化されたように、
講談で語り伝えられたエピソードがテキスト化され、まとめられたものです。
だからでしょう、岩波文庫の吉川幸次郎さんの翻訳版では、
日本の講談の口調が取り入れられています。
次の文章は、その後を引き継がれた清水茂さんの翻訳版。
ちょうど武者の出で立ちを描写した一節です。

梁山泊のアウトローな英雄108人は集結した後、宋の朝廷に帰順します。
その後、朝廷の命を受け、隣国の遼国征伐に向かうことになります。
これは敵方の遼国軍の大将のひとり、曲利出清がパレードのように行軍している場面です。
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(「水滸伝・巻の八十八」)[註4](14)

どんな色の、どんな具足を身につけ、どんな武器を持っていたかという描写のやり方は、
日本も中国も変わらないようです。

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落語家・古今亭志ん生師は、一時期、講釈師に転身した経験もあり、
講談にも造詣が深かったようです。
その志ん生師が、講談と落語の違いを説明するのに、こんな例をあげていました。
たとえば、講談ではこんなふうに語るというのです。

「──路地に入って突きあたりに、あらい格子があります。こいつへ手をかけてガラガラッと開けて、足を中へ入れながら、『エ、ごめん下さいまし』と、奥から出てきたのは、年のころ四十五、六と見えますでっぷりとふとっていい男でありまして、『ああ、いらっしゃいまし』……」(15)

講談では、落語で言うところの「地」が主役です。
いわば、本文。
台詞ではない、いわばト書きとかナレーションともいうべき叙述で、
行動を説明したり、舞台や背景や人物を細かく描写したりするわけです。

もしも、この場面を昔話で語るとしたら、

「◯◯ が、路地の突きあたりに住む男の人を訪ねていくと……」

というような一行の短い文章になるでしょうか。

志ん生師は、この場面を落語(基本的に笑いを目的としない人情噺)で語ると、
次のようになるといいます。

「『オ、路地だな』──こうしをあけるかたちをして──『ごめん下せえまし』『だれだい、オ!』……」(15)

落語では、「台詞」が主役。
地の部分は、むしろ削られます。
が、しかし、その説明がない分だけ、台詞と表情としぐさで表現することが要求されます。
「オ、路地だな」という台詞ひとつで、
その路地がこざっぱりと手入れがされている住宅地なのか、
貧乏長屋が並んだ、どこか懐かしさを感じる気のおけない路地なのか、
あるいは、じめじめとした胡散くさげな薄暗い路地なのか、表現する。
すべてを表現して語らなくても、そうした雰囲気をかもし出す。

格子を開けるしぐさで、その格子戸が立て付けのいい新築、または高級のものなのか、
あるいは、立て付けが悪い、古くオンボロな格子戸なのか、表現する。

「だれだい、オ!」という台詞ひとつで、
「年のころ四十五、六と見えますでっぷりとふとっていい男」というキャラや、
その訪問を歓迎しているのか、嫌がっているのかといった気持ちを表現したりするわけです。

登場人物のキャラクターや心理、舞台となる情景や背景の描写、
そして登場人物の行動やしぐさやストーリー展開などなど、
講談では滔々(とうとう)と言葉を連ねて説明し、言い表します。
一方、落語は、それを台詞だけで表し、しぐさや表情の演技だけで表現したりするのです。

矢野誠一さんは、そうした落語の芸を「描写力」と呼んで、
エピソードを紹介しています(16)
たとえば、名人といわれた桂文楽師(八代目)は、前座の修業時代、
三代目三遊亭圓馬師について、猛特訓を受けて鍛えられました。
その圓馬師が朝寝坊むらく(夢楽)といっていた頃のことを、文楽師が回想しています。

「夢楽のころの円馬師匠は、羊かん一つ食べるしぐさでも、どういう家(うち)の羊かんか、ちゃんとたべ分けてみせてくれるし、豆だって、枝豆、そら豆、甘納豆とたべ方がちがうんですね。それがあたくしはできなくってピシーリとやられました。」(17)

それが老舗で知られる名店の高級羊かんなのか、コンビニでついでに買ってきた羊かんなのかで、
確かに食べ方が違ってきます。
家によって、人によって、またその時の心持ちによって違う食べ方を、
圓馬師は演じ分けたということでしょう。
それは、10、20と言葉をつくして言って聞かせるよりも、「百聞は一見にしかず」、
一目見せただけで、観客に多くを伝えることが出来たりもする。
そのことによって物語世界へ観客を引っぱり込み、観客に想像を広げさせることも出来る。
矢野誠一さんは、それを「描写力」というのです。

落語は、Ⓐこまごま描写の講談に比べて、あっさり描写です。
が、言葉による説明ではなく、「描写力」を駆使して多くのことを描写し、
伝えるのだと思います。

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ただ、このとき、話者と観客が、
同じイメージや情報や心情を共有している方が伝わりやすいといえます。
たとえば達人が、情緒たっぷりに「ザザーーーンンン……」と波音を模して語れば、
それだけで、観客に海辺の風景を想い起こさせ、
潮の香りさえ再現することができるかもしれません。
しかし、たとえば観客が山梨県出身で、海を見た経験がそれまで一度もないとしたら、
波音だけで海を連想し、想像することは難しいでしょう。
しかし海というイメージを共有している同士であれば、
波音だけでも豊かなイメージを喚起できる。

落語の主人公の多くは、英雄(ヒーロー)ではなく聖人君子でもなく、
私たちの身近にいるようなおじちゃん、おばちゃん、お兄いさんです。
物語の舞台も、特殊な場所というわけではなく、
くたびれた長屋の一室や猫が日向ボッコをしているような縁側など、
ほとんどが庶民の暮らす日常的な場です。
だから時代が異なっているとしても、一般庶民の私たちには想像がしやすい。
宝くじが当たらないかなあ、美女とお知り合いになれないかなあなどという煩悩や、
親が子を想ったり、貧乏人が互いに助け合うなどという人情は、今も昔も変わりません。
台詞ひとつでも、落語では共感を呼びやすく、そうした心情も伝わりやすい。

ところが、講談の主人公は、武将や剣客や親分だったり、何かの達人だったりで、
物語が繰り広げられる場所も、戦場や、歴史の舞台となる城だったりします。
衣装やアイテムにしても、当時の一般庶民にはたぶんわかりにくく、
現代人の私たちには、ますますわかりにくい。
「猩々緋の赤馬簾の纒(まとい)」と言われても、
その情景を鮮明に思い浮かべることは難しいでしょう。
海をまったく知らない人が波音を聞いてもイメージが出来ないように。

講談で、いろいろと説明するような叙述が増えるのは、
そうした理由もあるのではないかと思います。
言葉を積み重ねることによって、映像をひとつひとつ浮かび上がらせるように、
私たちがそれまで知らない世界の人物や情景をも描いていく。

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さてしかしながら、紙芝居は、絵を見せて語るメディアです。
基本的には、Ⓐこまごま描写ではなく、あっさり描写の傾向があるといえますが、
上述のような小説や口承文芸などとは、おのずと語り口が変わってくるでしょう。
そのことについて、つぎに考えてみたいと思います。
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《参考・引用文献》
(1)宮部みゆき、室井滋「チチンプイプイ」文春文庫
(2)アンドレ・ブルトン、巌谷國士訳「シュルレアリスム宣言」岩波文庫
(3)ドストエフスキー、米川正夫訳「罪と罰」~「河出世界文学全集12」河出書房新社
(4)ドストエフスキー、木村浩訳「白痴」~「新潮世界文学12」新潮社
(5)高橋健二訳「完訳グリム童話集1」小学館
(6)マックス・リューティー、野村泫訳「昔話の解釈」ちくま学芸文庫
(7)高橋健二訳「完訳グリム童話集3」小学館
(8)松谷みよ子再話「天の庭」~瀬川拓男、松谷みよ子編「日本の民話4・民衆の英雄」角川書店
(9)高橋健二訳「完訳グリム童話集2」小学館
(10)高橋健二訳「完訳グリム童話集4」小学館
(11)佐藤公代「絵本の挿絵の役割に関する研究──発達・教育心理学の立場から考える」近代文芸社
(12)水原一校注「平家物語・下」~「新潮日本古典集成」新潮社
(13)旭堂南陵「太閤記」~「定本講談名作全集・第2巻」講談社・所収
(14)清水茂訳「水滸伝・第12冊」岩波文庫
(15)古今亭志ん生「なめくじ艦隊」ちくま文庫
(16)矢野誠一「志ん生の右手~落語は物語を捨てられるか」河出文庫
(17)暉峻康隆、桂文楽「落語芸談〈上〉」三省堂新書


[註1]カラー写真を紙に定着させる技術が発明されたのは、1868年。
フランスで開発されたこの技術が、ロシアの貴族の間で使われるのは、もっと後だと思われる。
1868年に刊行された「白痴」の中に登場する写真は、だからたぶんモノクロ。
それゆえ、その描写には、色合いではなく、明るさの度合いを表す「暗色」という言葉が使われ、
「ブロンドらしく」「蒼白そう」という表現になっているのだろう。

[註2]
▶直垂(ひたたれ):衣服。鎧の下に着るものを「鎧直垂」という。
▶薄金(うすかね):源氏に伝わる8領ある鎧の銘品のひとつ。源氏の頭領のみが着ることを許されたという。
▶唐綾縅(からあやおどし):鎧を構成する小さな板(札〈さね〉)を糸などで結び合わること、またその糸を「縅(おどし)」という。唐綾縅は、中国渡来の織綾絹を集めて糸にした優美なもの。
▶いかものづくりの太刀(たち):いかめしい造りの大太刀。
▶石打:鷲の尾羽を使った高級な矢。
▶頭高(かしらだか)に負ひなし:高々と背負って。
▶滋籐(しげどう):弓の竹に籐をびっしりと繁く巻いたもの。
▶聞こゆる:その名も高い。
▶鬼葦毛(おにあしげ):木曽産の馬の名。「鬼」は剛強であることをあらわし、「葦毛」は黒白まじりの毛並みをあらわす。
▶沃懸地(いつかけぢ):漆を塗った上に金粉や銀粉をふりかけた鞍。
▶大音(だいおん):大きな声。

[註3]
▶角取額三の字紋(すみとりがくさんのじもん):家紋のひとつ。「隅切り角に三字紋」と同種かと思われる。
▶手杵(てぎぬ):杵の一種。古くは、ただ長い棒のことをいった。
▶猩々緋(しょうじょうひ):赤紫がかった赤い色。陣羽織などによく用いられた。
▶馬簾(ばれん):纒(まとい)の周りに垂れ下がった細長い紙(または皮)の飾り。
▶赤糸縅(あかいとおどし):鎧を構成する小さな板(札〈さね〉)を、赤い糸で結び合わせたもの。
▶五枚錣(ごまいしころ):兜の頭の鉢の部分から垂れ下がり、首の後ろと左右を囲むようにして首を防護するものを「錣(しころ)」といい、この板が5枚続きのものを「五枚錣」または「五枚兜」という。

[註4]
▶披(さんばら):「ざんばら」ともいう。結った髪がくずれてばらばらに乱れること。
▶抹額(はちまき):もともとは冠がずれ落ちるのを防ぐために用いられた、頭に巻く鉢巻き。「まっかく」「まっこう」「もこう」ともいう。
▶烏騅(うすい):黒馬。
▶沙柳(さりゅう):「すなやなぎ」ともいわれる低木の一種。
▶蛮(とつくにびと):蛮(ばん)は、中国朝廷に帰順しない異民族の蔑称。そこに異国人を意味する「外(と)つ国人(びと)」というルビをあてはめている。「蛮(とつくにびと)のもよう」とは、異国情緒あふれるデザインということになる。
▶三尖両刃(みつまたもろは):三尖両刃刀(さんせんりょうじんとう)。矛先が三つ又に分かれ、両側が刃となっている刀。「西遊記」の二郎真君が使ったところから「二郎刀」とも呼ばれる。
▶四楞(よつかど):意味わからず。
中国の古代兵器には「锏」(日本語での読み方はなく「ジアン」と発音されるらしい)というものがある。形態は刀に似ているが刃はなく、金属製で四角柱のような長い棒で出来ていて、これが「四楞」といわれる。
しかし三尖両刃刀で、刃のない「四楞」とは考えられず、これは刀のどこかの部分が四角形のかたちをしているということか?
▶八環(やつわ):意味わからず。
三尖両刃刀には、上下にリングをつけてジャラジャラ鳴らすものもあるそうなので、「八環」というのは、あるいは、その環(リング)が8個あるということか? 













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by kamishibaiya | 2017-11-18 14:53 | 紙芝居/脚本を書く | Comments(0)

「ポレポレ」は、スワヒリ語で「のんびり、ゆっくり」という意味です。紙芝居屋のそんな日々。


by kamishibaiya